ストーリーパスポート Aランク③
第①話『知識は“蓄える”より、使ってこそ意味がある』
「蓄えるだけの勉強は、本当に役に立つのか?」
中学生活で私は何度もそう感じた。知識を頭に入れるのは大事だが、それだけで十分だろうか。
私は「知識は使ってこそ意味がある」と思う。たとえば、友人に数学の解き方を説明したとき、「わかりやすい」と言われた。数学の問題を詳しい手順で説明すると、自分でも「本当に理解できてたんだ」と実感できた。
学校での学びは、決してテストのためだけではない。頻繁に話す・書くといった形でアウトプットすれば、記憶にも残りやすいし、自分の中で整理もされる。
ただ、テストで点を稼ぐことばかりに集中すると、本来の学びの楽しさを忘れてしまう。友人に教えることを強いる必要はないが、自分なりに「知識の活かし方」を持つことは大切だ。
先生が「知識は種のようなものだ。栽培して育てなければ実にはならない」と言っていたのを思い出す。まさにその通りだと思う。
つまり、知識の価値は「ためる」ことより、「つなげる」「育てる」ことにある。
第②話『“繊細さ”の価値と、それを守る社会』
「繊細な人は弱い」と思われがちだ。でも私は、それは大きな誤解だと思う。
繊細な人は、小さな変化にすぐ気づく。他人の表情、声のトーン、教室の空気。そういった感覚は、誰かの支えになることがある。
たとえば、クラスで誰かが落ち込んでいたら、声をかけられる人。そうした優しさが持てるのは、その人の心が優れた感性を持っているからだ。
ただし、繊細な人ほど、自分を責めやすい。無理に「強くなれ」と求めるのではなく、そのままの自分でいていい、という社会を作ることが大事だ。
人と人の間に線を引いて隔てるような関係ではなく、違いを受け入れてつながっていける世の中。そこでは、著しい成果よりも、小さな気づきが評価されるだろう。
私は、繊細さを「守られるべき価値」だと信じている。そして、一斉に同じになる必要なんて、どこにもないのだ。
第③話『透明な花のひみつ』
校舎裏の理科準備室に、“透明な花”がある。知っているのは、理科の先生と、その話をこっそり聞いた私だけだ。
先生いわく、「その花は、心にウソがあると色がつく」。
半信半疑だった。でも最近、親友の咲に秘密を作ってしまった。それから、教室での距離も微妙に広がった。
ある放課後、準備室で咲に会った。黙って花を見ていた。
「なんでここに?」
「……あんたも、なんかあるんやろ?」
私はうなずいた。「ほんとは、あのとき、勝手にあんたの夢を探るようなことした。ごめん」
そのとき、花がうすい青に染まった。先生が言っていた。青は“正直になったときの色”。
「うちも、本当は嬉しかったよ。見てくれてたの」
説明はなくても、伝わる気持ちがあった。
ふたりの心が、言葉なしでも自然と集うように重なった。
別れ際、咲が言った。「あんたって、動きで人を操るくらい、雰囲気あるよね」
なんとなく、それは褒め言葉に聞こえた。
第④話『帰り道、バス停の会話』
雨上がりの夕方、健太はバス停で翔を見つけた。
中1のころは毎日一緒に帰ってたのに、中3になってからはほとんど話していなかった。
「おまえ、まだ気にしてんの?」
翔がぽつりと言った。あの春のケンカ。健太はうなずいた。
「ちょっとな。でも、だいぶ変われたと思う。あのときの自分を省みると、今ならもっとちゃんと話せた気がする」
快い風が吹いて、駅前の電光掲示板が光る。ふたりの間の空気はぎこちないけれど、どこか落ち着いていた。
「おまえってさ、怒っても意外とすぐ額に出るよな」
「……マジで? それ、バレてたんかよ」
翔が笑う。健太もつられて笑った。
バスが来る前の静かな時間。静寂という言葉がぴったりだった。
「また、こうやって話せるって思ってなかった」
「オレも。けど、戻るってこういうことかもな」
ふたりは、赴くように、別々のバスに乗っていった。
次はいつ会えるかわからない。でも、それでもいいと思えた。
第⑤話『きつね弁当と6年2組』
6年2組に転校してきた“木常くん”は、どう見てもキツネだった。
耳もふわふわ、しっぽも立派。でも先生もクラスメイトも、なぜか誰もそれを気にしない。
「人間って、変なところで空気読むんだな…」
木常の楽しみは、給食。とくに木曜のカレーは毎週満喫していた。
ある日、家庭科でオリジナル弁当を作る課題が出た。木常は山の幸をつかって、美しく優雅なお弁当を完成させた。
「なんかレベル高っ!」
「しかも、味が滑らか!」
クラスがざわつくなか、木常は少し慌てるように耳を伏せた。
「山で栽培してたもの、ちょっと使ってみたんだ」
クラスのみんなの驚きが、一斉にやわらかな笑顔に変わった。
その日から、「今日の給食、どう思う?」と話しかける子が増えた。
耳も、しっぽも、ずっとそのままだったけど——
木常の姿が、クラスの真ん中にちゃんと見えるようになった気がした。
第⑥話『ノートの最後のページ』
卒業式まであと一週間。咲良は、図書室のすみに座り、ノートを開いていた。
中1からずっと書いてきた日記帳。中身はぐちゃぐちゃだけど、気持ちを預ける場所があるのは、ずっと支えだった。
そろそろ、最後のページ。
ふと、1年前に書いた言葉が目に入った。
「私には何もできない」——その文字はすでに薄い消し跡になっていた。
あれから、自分でも驚くくらいいろんなことに挑戦してきた。人とぶつかったり、泣いたり笑ったり。それでも続けてきたから、少しずつ心が膨らむように変わっていった。
ページの隅にメモを貼る。「ありがとう」とだけ書いてある。たぶん、未来の自分に向けたものだ。
教室に戻ると、「卒業まであと3日」と黒板に書かれていた。
その横で、咲良はそっとつぶやく。
「また戻るときが来たら、ここが“がんばれた場所”って言えるように」
そのとき、風が吹いて教室の扉がかすかに揺れた。
膨大な思い出の一部に、この日もきっとなる。