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ストーリーパスポート Aランク②

目次

第①話『「ことば」は循環する』

人と人との間で、ことばは循環している。言葉を受け取った誰かが、それを別の誰かに伝え、また別の言葉として返していく。まるで水が流れ、また空から降るように。

何気ない一言が誰かの心を明るくすることもあれば、ちょっとした言い方が、相手の反応を妨げることもある。だからこそ、ことばには力がある。

たとえば、「ありがとう」という言葉。言った方も、言われた方も納得できる場面なら、そのことばは気持ちよく続いていく。でも、気づかないうちに上から目線の口調になってしまうと、同じ言葉でも伝わり方が変わってしまう。

もちろん、人はいつでも完璧に話せるわけではない。つい感情にまかせてしまうこともある。でもそれも、間違いを認めたり謝ったりすれば、また元に戻る。

「ありがとう」「ごめんね」「大丈夫」——そうした言葉の中には、不朽の価値を持つものもある。

相手の気持ちを比較しながら考えるだけでも、ことばの「回り方」は変わる。ことばが誰かの心を温めて、また次の誰かへつながっていく。そうして社会は、見えない「ことばの水路」でつながっているのだと思う。

第②話『“疲れる”って悪いこと?』

「疲れる=悪いこと」と考えている人は多い。だが私は、疲れることはむしろ前向きな意味を持つと考える。

まず、何かに取り組んだからこそ疲れが生まれる。全力で動いたあとの心地よい疲れは、充実感や達成感とセットになっている場合が多い。たとえば部活動の発表で、仲間と練習してきた成果を披露した後、「いい疲れだった」と感じた経験がある人も多いだろう。

また、適度な疲れは「やりきった」という実感につながることがある。もちろん無理はよくないが、少しの疲れを感じたときに、自分を責める必要はない。むしろ「今は休もう」という余裕を持つことが大切だ。

現代の中学生は、多くのタスクに追われている。そのなかで「もっと頑張らなきゃ」と自分を追い込みすぎると、気づかぬうちに心が壊れてしまう。だからこそ、ときには緩いペースで進むことも、自分を守る手段になる。

疲れに立ち止まったとしても、それは「できない」証明ではない。焦りが迫るときこそ、自分の限界を知りながら一歩ずつ進む。それが本当の克服だと私は思う。

第③話『未来駅で降りた日』

土曜の午後、晴斗はいつもと違う電車に乗った。終点の一つ手前、「未来駅」で降りたとき、不思議な気配を感じた。

駅のホームには、どこか光沢のある服を着た人たちが歩いている。時計は動いていない。スマホも圏外。

歩いていると、未来新聞という看板が見えた。そこには「未来予測」や「これから需要が増えるスキル」なんて文字が並んでいる。

「お客さん、案内しますよ」
声をかけてきたのは、小学生くらいの男の子。どこか見覚えがある。

「君は…?」
「ボクは10年後の君だよ。巡る時間の中で、今日はここに会いに来た」

晴斗は混乱した。でも、案内された“選択の部屋”で、自分が将来どんなことに悩むか、どんな場面で勇気を出すか、ゆっくりと説明された。

「でもこれって…見ていいの?」

「ううん。制御はできないけど、“知っておくこと”はできる」

そう言って笑ったその顔は、たしかに自分と似ていた。

未来の制服は、細部にまで凝らすようなデザインが施されていた。
次の電車が来た途端、すべての音と光がもとに戻った。気づけばホームに一人。ポケットには小さなメモが入っていた。

「“今”を大切にできれば、“未来”は自分でつくれる」

第④話『バス停の手紙』

咲は春休み、祖母の家がある田舎の町で過ごしていた。毎日散歩に出ては、川の音や鳥の声に耳をすますのが日課だった。

ある日、小さなバス停のベンチに、紙袋がひとつ置かれているのを見つけた。中には手紙と、キャンディが3つ入っていた。

「この場所が好きです。たまに誰かに声をかけてもらえるのが、うれしいです。よかったら、返事を添えるかたちで置いてみてください。」

その手紙は、どこか素朴であたたかかった。咲はノートの切れ端に、自分のメッセージをそっと書いて添えた。

「はじめまして。私もこのバス停、なんとなく好きになりました。」

翌日、咲が訪れると、キャンディは2つになっていて、新しい短い手紙があった。

「返事ありがとう。言葉っていいね。いつか会えたら、きっとわかる気がする。」

中学に入ってから、理由もなく落ち込みに陥ることが多くなっていた。

でもこの町では、そんな気持ちが少しずつやわらいでいくのを感じた。

返事を書くたびに、言葉が自然と弾むようになっていった。

帰る日の朝、咲は最後の手紙を書いて、そっとベンチに置いた。

「ありがとう。元気でいてね。」

空は晴れていた。遠くでバスの音が、かすかに聞こえた。

第⑤話『めざましネコ』

朝がにがてな亮の部屋には、ふしぎな目覚まし時計がある。
見た目はただのネコのぬいぐるみ。でも夜になると、ちゃんとセットされていて、朝になると耳元で鳴く。

「起きなきゃ、って思ってるのに……ムリ……」
亮がふとんをかぶると、ネコは前足でぽふんと顔をたたいた。

「おまえ、やさしくしてくれよ……」

でもネコは無言のまま、机の上から昨日の裁縫キットをくわえてきた。

「今日、提出でしょ? 家庭科の“エコバッグ”課題。布、サイズ間違ってたから、ぼくが代わりに裁つよ?」

亮は思わず飛び起きる。「や、やる! 自分でやるから!」

「はい、今の反応、衝動で動いたよね? それでいいの」

ネコは、自分がネコ型目覚まし「スリーピー・マイスター」であることを誇らしげに語る。

「ぼくは眠気を駆使して、逆に君を起こすプロなのさ。ちなみに、イタリア発祥なんだ」

毎朝、そんなやりとりをしていると、亮も少しずつ「朝と向き合う技術」が身についてきた。

春、ネコは言った。「そろそろ君、ぼくがいなくても起きられるね」

亮は少しさみしかったけど、「ありがとう」ってちゃんと報いるように笑った。

第⑥話『卒業式で泣かなかった理由』

卒業式の日、教室の後ろでは友だちが泣いていた。でも美羽は、なぜか涙が出なかった。

たしかに楽しいこともたくさんあった。悔しいこともあった。でも、そのどれにもちゃんと向き合った気がしていた。

校舎の裏でひとりになって空を見ていたら、先生がやってきた。

「泣いてないの、美羽らしいな」
「……涙が出ないんです」

「それ、悪いことじゃないよ。ちゃんと過ごしてきた人は、心の中で整理して終われることもある」

先生の言葉に、心がすーっと落ち着いた。

「“涙=感動”って思うかもしれないけど、それだけじゃない。顕著に表れなくても、気持ちはあるんだから」

美羽はゆっくりうなずいた。
自分の思いが、ちゃんと伝わっていた気がした。

家に帰って卒業証書の袋を開くと、先生からのメモが入っていた。

「あなたの強さは、静かであたたかい。人に象徴されるより、自分の中で光るタイプなんだと思うよ」

そのメモには、時間をかけて吟味された言葉が選ばれているのが伝わった。

涙は出なかった。でも、それでよかったのだと思えた。

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